本覺寺について
横浜市鶴見区獅子ヶ谷の天台宗 真如山成就院 本覺寺(ほんがくじ)です。ひとりひとりの人生に寄り添い、地域とともに歩む寺です。今年令和7年で342年目を迎えました。ご葬儀・法事・仏事のご相談も、お気軽にどうぞ。

縁起

本覺寺は、江戸幕府五代将軍徳川綱吉の時代、天和三年(一六八三)に開創されました。
『新編武蔵国風土記稿』や当山の開基である第二代横溝五郎兵衛が著した『本覺寺記録』によると、承応二年(一六五三)三月に横溝五郎兵衛が堯弁大和尚に深く帰依し、自らの土地を寄進し、大日堂を建立しました。
その後、村に寺院がないことを憂えていた五郎兵衛は、夢枕に大日如来の尊像が立ったことなどから、大日堂の大日如来の石像を建立した清助と相談し、清助の生まれ故郷である武蔵国都筑郡吉田村にあった本覺寺という焼失し廃滅の状態の寺を、本寺である駒林村金藏寺に願い出て、天和三年に引移し、一寺としたと記されています。
この開基以来、地域の皆様をお守りする寺として御本尊様の金剛界大日如来木坐像のもと、世界平和を祈願しています。
享保十八年(一七三三)には、第九世秀存が、寺門興隆の悲願を立て、広く勧化を募り、同二十年堂宇を建立し、中興しました。
その後、栄枯盛衰を経て、昭和二十年五月二十九日、横浜大空襲で被災し、長らく仮本堂でしたが、檀信徒の発願により本堂・庫裏を再建し、昭和六十三年五月二十九日に第二五三世天台座主山田惠諦猊下御親修により落慶法要を厳修しました。
平成三十年には、『新編武蔵国風土記稿』に記載されている如意輪観世音菩薩様をお祀りする「観音堂」を新しい意匠で再建、如意輪観世音菩薩像を安置し再建しました。
観音堂の前面に広がる緑の多い墓所は、樹木葬・永代供養墓を擁する「本覚寺の森観音霊園」です。天台宗寺院の伝統的供養の安心と、現代の家族のかたちに即した埋葬方法を両立するものとなっています。
「本覚寺の森観音霊園・観音堂」は、第六十三回(令和元年度)神奈川建築コンクール優秀賞を受賞しました。
本覚寺では、ご供養、ご祈願の両面から皆様の人生に寄り添い、お支えしております。
檀信徒のみならず、皆様のご葬儀・年回忌法要・先祖供養など随時承ります。
また、ご祈願・ご祈祷は、観音堂での護摩祈祷を中心として、厄除はもちろん、子授け・安産・七五三等の成長祈願をはじめ、誕生日祈祷を行い、その方だけのために丁寧にご祈祷しております。
また、地域に寄り添う寺として、寺子屋を主宰し、毎月一度、「坐禅の会」「写経の会」を開催しております。ご興味をお持ちの方は、お気軽にお問い合わせください。
- 本尊
- 金剛界大日如来木坐像
- 開創
- 天和3年(1683)
- 開山
- 権大僧都法印 堯弁和尚
- 開基
- 獅子ヶ谷村 名主 横溝五郎兵衛
- 中興
- 享保18年(1733)第9世秀存代
- 宗派
- 天台宗(天台法華円宗)
- 総本山
- 滋賀県 比叡山 延暦寺
- 祖師
- 高祖(中国)天台大師 智顗禅師
宗祖(日本)傳教大師 最澄上人 - 教義
- 一隅を照らそう(傳教大師御聖訓より)
- 経典
- 法華経を主とし総ての大乗経典を敬う
- 被災
- 昭和20年5月29日以来仮本堂
- 再建
- 昭和63年5月29日落慶
- 現董
- 平成21年3月29日第21世隆哲晋山
- 祈願
- 世界平和