天台宗 本覺寺
本覺寺について
本覺寺の仏さま、祈り、歴史をご紹介します

ほんがくじ
本覺寺は、横浜・獅子ヶ谷にある天台宗の寺院です。本覺寺の仏さま、住職、日々の祈り、年中行事、歴史についてご紹介します。

本覺寺について
本堂のご本尊は金剛界大日如来。観音堂には如意輪観世音菩薩をお祀りしています。
本覺寺は、地域の中で祈りと供養を重ね、歴史を受け継いできた天台宗の寺です。祈願や供養をしたい方、仏さまに静かに手を合わせたい方、仏教の実践に触れたい方に開かれています。本覺寺と天台宗の祈りを大切にしてお参りください。
お祀りしている仏さま
本堂のご本尊は、金剛界大日如来。観音堂には、如意輪観世音菩薩をお祀りしています。
本覺寺では、ご供養とご祈願の両方を大切にしています。大日如来様への祈り、如意輪観世音菩薩様への護摩祈祷をはじめ、一人ひとりの願いを伺ってご祈祷しています。
天台宗について
本覺寺は、比叡山延暦寺を総本山とする天台宗の寺院です。日本の天台宗は、伝教大師最澄(さいちょう)によって開かれました。
最澄は『法華経』の教えに基づき、すべての人が仏に成ることができると説きました。天台宗では、坐禅、念仏、護摩、巡礼、写経など、さまざまな実践を仏への道として大切にしています。
本覺寺で日々行う祈祷や供養、護摩、坐禅、写経も、こうした天台宗の祈りと実践につながっています。
住職について

本覺寺 第21世住職 河村隆哲(かわむら りゅうてつ)
昭和51年(1976)生まれ。平成5年(1993)得度。駒込高等学校を経て大正大学仏教学科に学び、卒業時に天台座主賞を受賞。大正大学事務局勤務を経て、平成21年(2009)に本覺寺第21世住職を拝命しました。
寺務・法務にあたるほか、本覺寺寺子屋で坐禅・写経を指導。スポーツクラブのスタジオや地区センター主催講座など、寺院外での坐禅指導にも携わっています。
防災士としても活動し、2026年より天台宗防災士協議会副会長を務めています。寺院と地域の防災にも取り組んでいます。
本覺寺の祈り
本覺寺では、一年を通した行事や法要と、毎日のお勤めの両方を大切にしています。
一年の祈り
ご縁日のご祈祷やお彼岸、お盆など、皆さまとともに行う法要や行事のほか、参列を募らず寺内で住職が勤める法要もあります。その年の詳しい日時や参加方法は、お知らせにてご案内します。
毎月18日
如意輪観世音菩薩のご縁日。観音堂で護摩を焚き、ご祈願します。
毎月28日
大日如来のご縁日。本堂の御宝前でご祈祷します。
1月
修正会、新年祈祷、元三大師供、初観音、大日如来初縁日。
2月
節分会、2月15日の涅槃会。お釈迦様のご入滅の日に仏徳を讃えます。
3月
春彼岸。ご先祖様や大切な方へ思いを寄せ、ご供養します。
4月
花まつり。お釈迦様のお誕生をお祝いします。
5月
大施餓鬼会。多くの僧侶とともに諸精霊をご供養します。
6月
山家会。伝教大師最澄様へ報恩の祈りを捧げます。
7月・8月
お盆。新盆供養法要、個別法要、棚経などを行います。
9月
秋彼岸。ご先祖様や大切な方へ思いを寄せ、ご供養します。
秋
四万六千日護摩供、十七夜待。開催月は年によって異なります。
11月
霜月会。天台大師智顗様へ報恩の祈りを捧げます。
12月
12月8日の成道会、12月31日の檀信徒先祖代々精霊総回向法要。大晦日には過去帳に記された諸霊の戒名を読み上げ、一年の報恩のご供養をします。
※四万六千日護摩供・十七夜待の開催月は年によって異なります。その年の日時は、お知らせでご案内します。令和8年(2026)は9月に行います。
毎日の祈り

本覺寺では、特別な法要や行事のある日だけでなく、毎日お勤めをしています。
まず本堂のご本尊・大日如来様の御前で、檀信徒各家をはじめ、本覺寺にご縁のある皆さまの日々の安寧をお祈りします。
続いて、本堂の阿弥陀如来様と位牌堂の御前で、檀信徒各家、ご縁のある皆さまのご供養をお勤めします。その日が祥月命日にあたる方は戒名を読み上げ、ご逝去の報を受けてから三回忌までの新霊についても、毎日戒名を読み上げてご供養します。
その後、本堂でお預かりしているご遺骨の御前で読経し、元三大師様の御前でお勤めします。最後に観音堂へ移り、如意輪観世音菩薩様の御前で勤行を行います。
本覺寺の歴史
天和三年(1683)の開創から現在まで、本覺寺は獅子ヶ谷の地で受け継がれてきました。
開創
承応二年(1653)、獅子ヶ谷村の名主・横溝五郎兵衛は、堯弁大和尚に深く帰依し、自らの土地を寄進して大日堂を建立しました。
その後、村に寺がないことを憂えていた五郎兵衛の夢枕に、大日如来の尊像が立ちます。
五郎兵衛は、大日如来の石像を建立した清助と相談し、清助の故郷・武蔵国都筑郡吉田村にあった、焼失し廃滅の状態にあった本覺寺を獅子ヶ谷へ引き移しました。
天和三年(1683)、ここに本覺寺が一寺として開かれました。
享保十八年(1733)には第九世秀存が寺門興隆を願い、広く勧化を募り、堂宇を建立して中興しました。
本覺寺の開創については、『新編武蔵国風土記稿』および、当山の開基である第二代横溝五郎兵衛が著した『本覺寺記録』に伝えられる記録をもとにしています。
昭和20年(1945)の戦災と本堂再建
昭和20年(1945)5月29日、横浜大空襲の日。本覺寺の本堂は爆撃による火災で焼失しました。
当時を知る方からは、周辺は空襲を免れた中、本覺寺の本堂付近に爆弾が落とされたと伝え聞いています。地域の方々が急いで消火にあたり、一度は火が収まったものの、残火があったため、その日の夕方には本堂が焼失したといいます。
その後、本覺寺は長く仮本堂の時代を過ごしました。
そして昭和63年(1988)5月29日。空襲からちょうど43年となる同じ日に、檀信徒の皆さまの発願と尽力によって現在の本堂が落慶しました。
落慶法要には、第二五三世天台座主・山田惠諦猊下をお迎えし、御親修を賜りました。
観音堂・観音霊園

長く本覺寺から離れていた境内前の土地が寺へ戻ったことをきっかけに、境内のこれからを考える計画が始まりました。
『新編武蔵国風土記稿』には、江戸時代の本覺寺境内に、如意輪観世音菩薩をお祀りする観音堂があったことが記されています。そこで、かつてあった観音堂をもう一度この地に再建することにしました。
計画にあたっては神奈川大学工学部建築学科に協力をお願いし、獅子ヶ谷や本覺寺の歴史を調べ、檀信徒や地域の方々の声を聞くところから始めました。昔の姿をそのまま再現するのではなく、現代の祈りの場として計画しています。
現在の観音堂が建つ場所には、太平洋戦争中、本堂のご本尊様を避難させていた防空壕があったと伝えられていました。実際に建築工事を進める中で、地中に穴が確認されています。
平成29年(2017)には観音堂と観音霊園の整備が進みました。

観音堂・観音霊園の施工中の様子 2017年7月30日
傾斜する大きな屋根と、高い位置の天窓から自然光が差す観音堂は、平成30年(2018)に如意輪観世音菩薩をお迎えし、本覚寺の森 観音霊園とともに完成しました。現在は護摩祈祷、葬儀、寺子屋、地域の催事などにも使われています。
「本覚寺の森 観音霊園・観音堂」は、令和元年度(2019年度)・第63回神奈川建築コンクールで優秀賞を受賞しました。
車地蔵
本堂から徒歩3分ほどの飛び地境内には、享保三年(1718)建立の「車地蔵」があります。横浜市の登録文化財にもなっている、獅子ヶ谷に長く伝わるお地蔵様です。
お堂の柱には、小さな木の車が取り付けられています。かつて鶴見から師岡・綱島方面へ向かう人々が行き交った峠道で、人々はこの「地蔵車」「後生車」と呼ばれる車を回し、手を合わせました。
車地蔵は、子授け・子育てのお地蔵様としても親しまれています。子どもが生まれると、名前と生年月日を記した赤い襷(たすき)をお地蔵様にかけ、健やかな成長を願って手を合わせる風習が、今も続いています。
English information
For visitors who would like to pray, take part in Buddhist practice, or learn about Hongakuji with respect.
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